The 禅

今なぜインクワイアリー(自分に問うこと)が必要なのか? 10の理由

一つ目の理由

それは、現在の社会は、私たちの信頼に応えてくれる社会ではないから。

行政が頼りにならないとき、私たちはそのことに対して文句を言います。自分の責任というところに意識を向けずにあれが悪いこれが間違いだと言ってしまいがちなのです。

でも、こんな社会を作っているのは私たちの無意識です。

だから私は自分に問います。

たった今、何が起きているのか?

(仮に文句が出たとしたら)それを言っている私はどんな私なのか?

本来の自分に立ち返ったとき、その私にできることは何だろう?

というふうに、問いを自分に向けて行くーーそうすることで、自分にできることがわかり、自分にできないこともわかります。自分が何に情熱を持っていて、どんなことに創造性を使いたいのかが見えて来るんです。そうすると、こんな社会でも、いやこんな社会だからこそ、自分の生かし方がわかってくるはずです。

私がインクワイアリー(自分に問う)を伝えているのはそのためです。

二つ目の理由

なぜなら、人はみな探し求めているから。

だのに、みんなちっとも自分の内側に向かずに外ばかり見ている。新しい技法、新しいコミュニティ、新しい関係性を見つければそれで自分は幸せになれるのだと、思い込んでいる。

どんな広告も見てもそう書いてあるし、幸せそうな人を見ると、みんなそうしているように見えるんだものね。

だから滅多に自分に問わないし、問うとしても、「私の何が間違っているの?」とか「どうすればあの人のようになるの?」といった頓珍漢な問いばかりーーそれでは全く逆効果なのです。

インクワイアリー(自分に問う)のなら、マジ本質的な問いにしましょう。

たとえば、最初のうちは「たった今何が起きていますか?」というシンプルな問いで、5分間、思考を真っ直ぐに「今ここ」にフォーカスさせる練習を数回繰り返します。

それに馴れてきたら、「Xとは何かについて話してください。」というフォーマットで、Xに「愛」「真実」「勇気」のような言葉を入れて行くことができます。ただ最初はきちんと習った方が良いですね。今後隔月でインクワイアリーレッスンの日程を入れて行きますので、楽しみにしていてください。

三つ目の理由

ここ1年間実験を試みてきたのですが、日本人にはインクワイアリーが合っているんですね。まず普段自分のことをしゃべる機会がない。しゃべるとすぐ誰かから意見されるし、意見が違っていたりするとめんどくさいし。。。

ところがインクワイアリーは相手が黙って聞いてくれる。鏡のようにいてただ受け取ってくれている。こんな体験はまずないので、どんな人もインクワイアリーをやり始めると好きになるんです。

日本人が自分のことを語るのを恥ずかしがると言うのは、真実ではありません。そうしたことがないだけです。実際に語り始めると、どんどん日本人コンディションは壊れてゆくし、それによって、楽になる→素の自分が現れる→気持ちが落ち着くし、元気にもなるというプラスの作用があります。

ファシリテーターはそれを見ているだけなのですが、見ているのも楽しいし、ほっこりします。そして、素のままの人が増えて行くのは結果的に人類への貢献だと思っています。

だから私はインクワイアリーを続けてゆくのです。

四つ目の理由

星を詠んでもカードをめくっても、偉いセラピストやサイキックに尋ねても、結局、自分のことはわからない。ところが、あなたが自分に問うことをしない限り、あなたはえんえんと、他人に聞くことになります。

「私はどうすれば良いと思う?」

「私には何が向いている?」

「私がすべきことは何ですか?」

「どっちに向かって行けば良いの?」

「私に相性の良い人ってどんな人?」

「お金持ちになれるかしら?」

ちょっとアタマを冷まして、自分が尋ねていることを検証してごらんなさい。笑えるならまだ救いはある。でも、これを読んでしかめっ面になる人は、別の生き方があるかもしれないと思ってみるだけでも良いです。一刻も早く「独りぼっちの世界」から踏み出すことです。

人は他の人とかかわってこそエネルギーが動くし、お互いに活性化するのです。一人で生きていくことなんてできないし、でも一人の足で立っている人同士なら健康的で発展的なエネルギー交換ができるのです。

先にあげたすべての「問い」を自分に向けること。そうすれば、答えはあなたの奥深くから、あなたの真実からやってくるでしょう。

「(ここに上の文章を入れて)と言うとき、私には何が起きているのか?」と自問するのです。まず一つやってみてはいかがでしょうか?

五つ目の理由

ほんとにほんとのところで、本気で自分を大切にするには自分に問うことは大事です。あなたがあなた自身の親友であるような在り方は大きな癒しなんですね。

緊急事態になったらまず自分を救いなさいって言うでしょう? あなたのことをもっともわかっていて、いちばん良いように面倒見れるのはあなた自身なのだし、そこに責任を持った上でなら、他人を手助けすることも可能ですが、世間では逆を教えられるので、どうしても自分自身が後回しなのです。

そして、そういう人はけっしてしあわせではない。私は人の面倒ばかり見ているって知っているから、変なところで頑なになったり、ほんとうは甘えたいのに「大丈夫」が口癖だったりしますね。

インクワイアリーを始めると、感情も動きます。自分がどんなふうだったかってことが見えて来るので、見たくない感情にも直面するかもしれません。最初のうちは抵抗も出ますが、すぐに「オープンになることの心地よさ」を実感してゆくので、どんな人もインクワイアリーが好きになります。

これほんとにおもしろい発見でした。

たぶん私がそんなに頑張らなくても、数年うちにはインクワイアリー・ブームが起きる予感があります。というのも、私の周りではすでに、定期的なグループ・インクワイアリ―が起きているのです。

 

六つ目の理由

自分を知ることがなければ、ほんとうの意味で生きているとは言えないからです。

おまけに、私たちはもうすでに十分毒されていて、本来の自分自身を忘れてしまっているからです。正しいインクワイアリーの働きかけをすることで、私たちは私たちの本質を思い出すことができます。

そうなると、本来の自分自身に立ち返って、自分の選択で選んだ人生を生きることができるようになるでしょう。

私は、学校の授業でインクワイアリーの時間を持つようになって欲しいと思っています。そうなれば、簡単にその子の個性を引き出せます。静かに本を読むのが好きな子がいて良いし、野外で走り回る子たちも読書が嫌いなわけではない、単に強制されたくないだけなのだというのがわかってくるでしょう。

先生たちも一緒にやれば、いじめや家庭問題やあれやこれやで時間を取られるのではなく、本来の役割である「元気な子供たちを見守る」先生でいられるでしょう。学校はもっともっと活動的な場所になり得ます。

呼んでくれたらいつでも教えに行くんだけどなあ。。。

七つ目の理由

インクワイアリーは、DyadまたはTryadのワークです。つまり2人または3人でワークするということですね。

「~~について話してください。」と問われたことに対して、そのインクワイアリーを内側で自問し、マインド・感情・からだの感覚のいずれかに浮かんで来ることを、装飾したり歪曲することなく話すというのが基本フォーマットですが、この説明を読んでやろうとしてもたぶんうまく行きません。インクワイアリーを一人でやるのはむずかしいのです。

なぜなら、私たちの思考は本質的に「今ここ」にいようとせず、過去の記憶をたどるか、未来の夢の中に浮遊するという性質を持っているからです。Dyad、Tryadの場合は、他のメンバーの目を見て話しますし、その人たちはあなたの話を聞いてはいてもそれに反応せずにいるという聞き方をするので、「聞いてもらっている」という安心感を持ちつつ、判断されたり提案されたりしないという守られた環境の中で自分の内面と向き合えるのです。

過去や未来の話なら日常会話でやっていることだし、そこには実のところ人生に変容を与えるような大きな気づきは起きないのです。真理は、あなたがあなたの内側の深いところに降りて行ったときにはじめて見出すことのできるものです。つまりインクワイアリーというのは、普通のおしゃべりレベルの中では見つからないようなことを見出したいときに使えるものだということです。

なので、現状の人生に満足しきっている人には不必要です。ここで言うインクワイアリーは、もっと生き生きと生きたい! Life(生)そのものを歓びとともにマックスまで生き抜くぞ! という人に役立つものです。

八つ目の理由

仮に私があなたに「瞑想が助けになるから、できるときに一度瞑想合宿に参加すると良いよ。」と言ったとします。セラピストあるいは瞑想を教えているリーダーからそういうことを言われると、「え?なんで?」という考えがやってきたとしても、やっぱり心のどこかで「そうかな?」って思うはずです。

そんなふうに、専門的な何かを知っている人からの提案というのは、相手の方がパワーがあるので、影響力も強いーーそうでなくても、世間ではさまざまな提案、前提、判断、決めつけ、、、などが横行しているので、私たちは相手の言葉を真っ直ぐ受け取ることはむずかしいです。

ところが、自分の深みに降りて行くインクワイアリーは、それを繰り返し練習してゆくうちに、自分の内側に「知っている自分」がいることを確認できる作用があるんです。すると、どんな人から提案されても、「そうかもしれませんね、じゃあ、自分に聞いてみます。」というスタンスでいられるようになるんです。これは実のところお互いにとって健康的なことです。

たとえば、私があなたに「瞑想合宿に参加すると良い。」と言って、あなたが「自分に聞いてみる。」と答えたら、私は即座に、この提案を撤回し、「お好きにどうぞ。」と言うでしょう(笑)。

自分自身で立つことーーそれこそが瞑想の恩恵です。

九つ目の理由

人には隠しておきたいプライバシーがあって当然だし、それはそれで大事に取っておけば良いです。自分に問うからと言って、何もかも暴露するというようなことをしたいわけではない。大切にしておきたい秘密もあって良いのです。

そして、ずっと黙って来たけど、それを言うことで気持ちが軽くなるという種のこともたくさんあるはず。

あるいは、全く目と向けたことがないエリアのことーーたとえば「あなたが大切にしているあなたの真実は何か?」「あなたが本心を隠そうとするとき、どんなやり方をするか?」などは、気づいておくだけでも随分違ってくるものです。

これはもう一年近くインクワイアリー・レッスンを続けてきている3人の方の変容ぶりを見ていて気が付くことですが、みなさんわりとすぐに要領を得られたのと、「相手の人が何もジャッジしないで聞いてくれるのがうれしい。」ということでしたが、普段そういう機会ってなかなかないですよね?

安心して自分のことを話せるというのは、インクワイアリーの大きな利点です。

グループでやるときは守秘義務は絶対的で、だからこそ小さなグループで地味~にコツコツやって行くスタイルを取っています。でもね、何百人ものおしゃべりな人たちを増やすよりも、数人の「真っ直ぐ物事を見て、真っ直ぐ考えられる人」を育てる方がずっとやりがいがあるのです。

そう、九つ目の理由は、真っ直ぐにスクスク伸びる竹を育てるってことですね。

まとめ

私の側からすると、時間の短縮になるということがいちばん最初に来ますね。

自分のことがわかっている人は、「これが必要」と言ってくれるので、余計な推測をしなくて良い。また、必要とされるサポートを自分が提供できるか、できないかを伝えられるので、不必要にかかわらなくて良いーーというふうに健康的な関係性が築けることが大きいです。

組織の中でミーティングをする前などにこれを取り入れてもらうと、実に活性化するだろうなと思うのですが、さて、なにせ日本人社会って自分のことを言わない、間接的に誰かを通してかかわろうとする、などなど面倒なやり方が一般的なので、このようなアプローチはどうしてもストレートすぎると思われがちです。

やってみることさえせずに「ムリムリ」って言われるのってほんとうに頭に来ます。なんてね。昔は私もそういうふうでした。でも、インクワイアリーをしてゆくうちに、人が良く見えるようになってきた。

ムリムリっていう人は、

  • 自分が変わることに抵抗がある。
  • 周囲の人たちと違った生き方をすることが怖い。
  • 日常を送ることが精いっぱいで考える余裕がない。

などなど大切な自分の心を何かに占領されているわけで、だからその人の言葉通りに受け取ったり、言い合ったりするのはばかげているし、そもそも腹を立てるようなことではないのだとわかってきたのです。

自分が見えると、人のこともよくわかるということですね。

 

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