The 禅

As above, So below(上なる如く、下もまた然り)

古代の人は言った。

「上なる如く、下もまた然り」

この言葉の中には、神秘主義の最も根源的な真実が含まれている。その意味は、上もなければ下もないということ。存在は一つだ。

境界はマインドによってつくられる。存在は分けられるものではない。

境界は私たちの投影の数々であり、私たちはそれにあまりにも同化してしまって、全体性とのつながりを忘れている。

 

私たちのマインドは、広大な宇宙に向かって開いている一つの小さな窓でしかない。だが、あなたがつねに窓から見ていると、窓の枠が、空を外に形作ってしまう。空には枠などない。それはどこまでも広がっている。だが、あなたの知覚としては、窓の枠がそのまま存在の枠となってしまうのだ。(Osho: The Transmission of the Lampより)

自由を求めながら、囲いを作ってしまう。

しあわせが欲しいのに、苦しみを選んでしまう。

すべてはマインドの産物だと気づいても、そこから出る術がわからず、もがいて、もがいて、もがき続ける人々がいる。

その姿を想像してみれば、きっと笑えるのに。

ほんの少し勇気を出せば、笑い飛ばせるのに。

人は自分から苦悩の中に入り込んでゆく。

小さな窓を手放せない。

そして、【手放し】は、

真摯に瞑想するとき、起きる。

 

”起こす”ことはできないが、

否応なしに起きるのだ。