The 禅

ひとたび Stillness Point(静止点)を見出したら。

何にも動じないその静止点を見出したなら、あなたの人生は変わり始めます。ひとたびその静止点がわかったら、それは二度となくなることはありません。

なぜなら、瞑想を通して、呼吸を見守り、マインドを見守り、感情を見守り続けて、その見守る力が身に付いてきたとき、それは身体感覚として保たれるからです。からだを思い出せば、静止点がよみがえるし、静止点を思い出せば、からだに気づきが戻るというふうになってゆきます。

日本社会の中空構造に関する本を読んだことがあるのですが、瞑想者の視点から言うと、禅を(DNAレベルで)”知っている”日本人にとって、その中空には何もないのではなく、「空」が存在することを体験的に理解しようと努めてみるのは一つのアプローチの仕方ではないかと思っています。単純に、何ができていないという方向ではなく、何をなし得るか、という方向から見るなら、無意識の次元で”知っている”はずのことに働きかけてゆくのが、正しい道ではないかと。

間もなくリリースする「スペース・インクワイアリー」というオリジナル・ワークは、この Stillness 静止点を見出すための最初のステップとして活用していただけるものです。お楽しみに!!

 

ところで、ヴィパッサナー瞑想76日目ーー。経過報告。

予想もしなかったことですが、偶然参加した10日間のヴィパッサナー・リトリート以降、「毎朝・夕1時間ずつ坐る」という自分との約束が果たせているので、その経過を書き綴ることをこのブログを書く目的の一つにしました。

今日で76日目ーー。坐ることが日課になって来たし、そのために早寝早起きをするのは全く苦じゃないです。出張中数日間は坐れなかった日もあり、朝から仕事の日は時間が短くなったりもしました。でも、その程度の調整は大したマイナスではないことも発見でした。友人たちと夜会食しても、朝しっかり坐ると心身ともに整います。美食・飲酒で心身のシステムが乱れても、坐ることでまたすぐに整うのです。

坐ることに執着しないだろうかという微かな不安があったのですが、あるときは感情や思考が動いてゴソゴソするし、あるときは1時間終了のベルが鳴っても動きたくないというくらい深く入るので、無理をせず、でもコミットはしっかり保つということがコツかな、と。

どうやってその1時間を見つけるのか? とあなたのマインドは言うでしょう。そして、私の答えは、あなたはあなた自身をどのくらい大切に想っていて、その大切な人をどのくらい愛せるのか? その愛があれば、自分へのコミットは容易に起きます。

自分を愛する人は、
楽に瞑想的になることができる。
なぜなら、瞑想とは自分自身といっしょにいることだから。

自分を愛し、そして見守りなさい
ーー今日、明日、いつであろうと。

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