The 禅

育成とは何だろう?

子どもは勝手に育つーーそれは木々が自然の中であたりまえに必要な栄養素を得て育つのと根本的には同じです。

ところが、現代人の社会生活はけっしてそういうわけにはいかない。義務としての教育課程があり、その中で個人の本質的な能力はほぼ抹殺される。そして、社会に順応するための、型にはまった人間が作られてゆくのです。

アフリカの大自然やアマゾンの奥地で暮らす人びとーー「原住民」と私たちがカテゴライズする人びとだったら、勝手に育つ子供たちを「見守る」ということをするはずです。私がそういうふうに解釈しているのは、以前アフリカの奥地からインドにやって来た留学生と瞑想について話したことからです。

私が、「笑って、泣くことで感情を解放することではじめて静かに坐れる」という説明をした時に、彼はびっくりした顔をして、「感情を解放しなくてはならない、ということは抑圧しているということか?」と言ったのです。彼は続けて言いました。「なぜ、どうやって感情を抑圧するの?」

今度はこっちがビックリする番でした。「たとえば、男の子は人前で泣いちゃだめだとか、女の子は大きな口を開けて笑うと恥ずかしいとか、親に言われる。何かにつけて、あれはダメ、これをやれということばかりだから、、。」

彼は笑いながら、「僕たちは大声あげてケンカするし、泣きたいだけ泣いてきたから抑圧してる感情なんてないよ! 母さんたちはそばにいても叱ったりせず、ただ見ているだけだからね。」

アフリカ人のお母さんは赤ちゃんを四六時中脇に抱えていて、おっぱいが欲しいか眠いかをすぐに感じ取るそうです。なので子供がぐずって泣くことがないと言います。きっと親子が一体になっていて、だからこそお母さん自身も、そして赤ちゃんも、安心していられるのだろうな、と。

私は教育者ではないけれど、5歳から13歳までの3人の子供たちとそれぞれ4年間ずつ暮らした経験があります。子供が学校に行く年齢になると、自分が生んだ子供でもないのに、つい同一化してしまい、我が子のように扱うようになってしまったのには自分でも驚きました。何でもないことで叱ってみたり、持ち上げてみたり、お母さんが陥りやすい罠を経験してきたと思います。学校のPTA活動にも参加し、教育機関で何が起きているのかを少しの期間ですが垣間見てきました。彼らが学校というシステムから運んで来るいろんなゴミが私を混乱させました。

個人的には彼らがのびのびと好きなことをして行って欲しいと願っているのに、「宿題済んだの?」なんて言ってしまう自分がいたのです。

 

そんな経験を振り返りつつ、今言えることは、子供たちに必要なことは「見守る」存在が必要なだけだということです。

幸か不幸か、間違った学校教育で育てられてしまった私たちは、少なくともその「事実」に気づくことが最初の一歩。そして、自分の存在に尋ねてみることでしょう。

「私とはいったい誰なのか?」と。

 

究極の瞑想リトリート

Who is in?瞑想インテンシブ in 女神山
10月18日スタートします。

あなたが、”ほんとうの私”とはいったい誰なのかを知りたいのなら。”瞬間ごとにやってくる物事を直接体験する”という体験を求めているのなら。そして、事実を事実として見守る力を得て、あるがままの私、存在の源でくつろぎたいと切望しているのならーーこのプロセスはそのすべてを提供してくれます。瞑想インテンシブというのはタイトルだけではなく、二人のファシリテーターがホールドする中、公案中も、食べているときも、歩いているときも、さらには寝ている間も気づきを保つというこの特別なプロセスに付いた名前です。

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