The 禅

自分自身を極める

http://chirok.jp/product/content2/shoot.html
川本喜八郎オフィシャルサイト「不射之射」から引用させていただいています。 http://chirok.jp/

 

本質がわかれば道具は落ちる

中国には、弓をとらずに鳥を落とす老師の話があります。この話を耳にした時に、私は瞑想が目指しているのもそこだなと思ったものです。技法を極めてゆくプロセスの中で、その真髄を、その本質を体得すれば、道具は手を離れるのです。もちろん瞑想は「極める」ものではありません。極めようとするそのエゴが瞑想では邪魔になる。

おそらく、弓を射ることも、茶を点てることも、はじめは極めようとしている誰かが内側にいるんだけど、弓を射ることの、茶を点てることの真髄を体験的に理解してゆくうちに、目覚めが起こり、その誰かが消えてゆくということなのではないかと、、。

言い換えれば、弓を手放した老師に起きたことも、道具が落ちると同時に彼のエゴが落ちたということでしょう。お茶を点てたことがある人なら、どこかの時点で”あの静けさ”を体験し、知っているはずですが、茶道の真髄も禅=瞑想です。

そして、茶を愉しむというのは、その内側の静けさにくつろぐ愉しみなのだと思います。ひとたび瞑想を知ったなら、花を活けることだけではなく、道端の花を愛でることでさえ、瞑想になるのです。

 

Who is in?瞑想インテンシブの恩恵とは?

私はこのプロセスに出会ってもう15年は経ちますが、今も、そしてこれからも、自分のために大切にして行こうと思っているプロセスです。それがプロセスであるというのは、瞑想をしているときだけではなく、それ以前から、ファシリテーターとしての準備をする間にもこの公案’Who is in?’が心に広がっていくし、終わった後も公案に向かったときの強烈さの余韻が毎回残っているんです。

私たちは容易に自分自身を自分のマインド、自分のエゴと同化してしまいます。「これこれの私」と言っているのはすべてマインドが作り出している幻影なのですが、意識的な気づきをそこに向けることのない限り、私たちはそのマインドが言っていることが本当だと信じ込んでしまうのです。

自分で作り出した幻影を見て一人で悩んでいる、というこの構図をしっかりと見つめることができたとき、あなたはほんとうの意味で、自分のマスターで在れる、自分自身を極めることができるのです。

10月18日~21日・Who is in?瞑想インテンシブ in 女神山

お申込みはギリギリまで受け付けますが、空席には限りがありますので、お早めにお問い合わせください。