The 禅

ヴィパッサナー瞑想21日目ーー耳鳴りが消える瞬間を見た!

いつもいつも遠くで、あるいは近くで響いている鈴なりの音は、もはや私のからだの一部と言えますが、ちょっとしたジレンマは、サイレンスに入れば入るほど、その音が鮮明になって来るという状態なので、「完全なサイレンスを今一度体験したい」という微かな欲求があることにも気づかされてきたのです。

その症状に気付き始めたのは10数年前で、何度か施術師や医者に相談しましたし、都内で名医と言われる専門医に会いに行ったこともあります。いくつかの検査を終えた後、「加齢のせいです。」と宣言されてからは、がっかりするというよりも、医学の限界を確信していました。

瞑想は、さまざまな執着や自己同化から離れることを可能にします。ゆえに、この症状を手放す準備ができていれば、それは可能なのではないかと思ってきました。もちろんそれは簡単なことではないし、それを手放すぞ! などという姿勢は間違いです。

ヴィパッサナー瞑想のプロセスの中で、特に最初のうちは呼吸に意識を持って行くということをするため、多かれ少なかれ意識を呼吸に集中させることになります。集中はある種の緊張を作り出しますが、呼吸に気づきを向けていると、少しずつ呼吸そのものが楽になってゆきます。それに伴って、そこに意識を向けながらもくつろいでいるという次元にたどり着きます。

ついさっき、近所を散歩しながら、ハッとしました。

それは、耳鳴りの音がしていなかったからです。これまでは、マインドについて行っている間は耳鳴りの音が気になっていなかったーー文字通り、マインドについて行ってるからです。そして目を閉じて意識的に呼吸を見守っている間は耳鳴りの音があることに気が付いていました。煩わしいと思わないとしても、あることには気づいている状態です。

ところがさっきは、あれ! 聞こえていない! と気が付いたのです。

そして、次の瞬間、「おかしいぞ。」とマインドが言った瞬間に、その音が聞こえてきました。つまり、耳鳴りの音と同化している【私】が戻ってきたわけです。さっきまでその私はいなかった、【私】というエゴが消えると、耳鳴りの音ばかりではなく、すべての同化が消えるということなのだな、と。

この気づきは、私の頬をゆるませます。

幾層にも重なった、過去のカルマを、また一つ越えられたーー瞑想の恩恵は、私たちが求めないときに与えられるのです。

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