The 禅

”私を知る家族の座”を提供する理由

“親との和解”から“私を知る家族の座”へ

「親との和解:7つのステップ」と名付けていた間は、私の先生であるベルトルト・ウルザーマー氏の教え方を基本にしていたのですが、先日6名の受講者を迎えて開催した「家族の座基礎トレーニング」を終えて、私の中で大きくシフトしたことがありました。それはまるで、置きっぱなしにしていた大切なものが急に目の前に現れたようなことだったのですが、「私だからこそ提供できることは何?」という問いかけをあらためて問う機会を、この6名の人たちが与えてくれたのです。彼女たちが巣立って行く土壌を作るために、私にできることは何だろう? と。

少し前からオンラインでワークを提供する必要性を感じていて、家族の座を試してみたんです。結果、安全・安心を感じられる自宅の部屋から参加しているせいか、あまり抵抗なく入って行ける人の方が多く、1年間続けてきたのですが、つねにとても良いフィードバックをいただいていました。

ですが、「空間を動くことで、体感を通じて変容が起きる」というこのワークの大切な要素が、オンラインでは半減するという点に私はこだわりました。そういうわけで、家族の座に関しては、今後ライブで提供することに決めたのです。

とは言え、遠方にお住いの方や、小さなお子さんがいる方にとっては、オンラインで参加できるというのはとても助けになっていたことも事実です。またやって欲しいというお声も多数いただいていました。そこで私は、オンラインでできて、家族の座のエッセンスを体験していただけるためのプログラムを考えました。先述したように、「私だから提供できること」を中心に考え、試作もし、最終的に出来上がったのが「あるがままの私を知る家族の座」だったのです。それは、家族の座という技法を教えることでもなければ、セラピーでもありません。

”あるがままの私を知る”というのは、私自身がずっと求めてきた道であり、今生ふたたびこの地上に生まれてきたのも、そのためです。そして、”あるがままの私で在る”というのは、どんな人もほんとうは求めていることです。

「知りたい」ではなく「知る」という意思を持つこと

「~したい」は、英語の”want frame”に該当する願望を示す言葉です。このとき私のマインドの焦点は未来を向いており、今ここの次元にありません。それに対して「知る」は、たった今この次元にいる私の意思を示しています。実際に口にしてみてください。「私を知りたい」と「私を知る」ーーどちらが肚に響くでしょう? そして、ほんとうに知るのは、どちらかは言うまでもないことです。

そう、この講座を受けるには、「知る」という意志を持つことが大切です。先日申し込んだ方が言っていました。「気付いてないフリはもうやめることにした。」と。その意思があってこそ、あなたはほんとうに「あるがままの私を知る」ことになります。もちろん怖がりな人もいるでしょう。あるいは私は慎重派だからどんなものかを体験してから決めるという人も。そういう方のために、入門編を準備してあります。

家族の座に初めて触れる方のための入門編
私が対面(ライブ)で提供する家族の座は、心理セラピーに属します。それは定期的に受ける講座のようなものではなく、どこかに終着点があるわけでもありません。何度も繰り返して受けると、あなたはよりあなた自身を知ることになりますが、個々のプロセスはとても有機的なので、どのような間隔で、何回受けると良いなどとは言えないのです。ただ、私はどんな人にも「一度は受けてみると良い」と言います。自分がどれほど自己イメージに同化しているか、あるいは何に執着しているをこれほどはっきりと見つめることができるワークは他にはありません。

さて、このワークの一つの側面として、親子の関係性において、知っていると助けになるいくつかのセオリーがあります。たとえば、第一子であるあなたにきょうだいができたとき、あなたは両親や周囲の大人たちの視線が急にその新生児に奪われたことで心の傷を負います。二番目の子に嫉妬したり羨ましいと感じて近寄りにくくなるという体験を持つ人は多いですが、その要因がそこだと気づく人はないに等しいと思います。私自身、2歳年下の妹に小さな嫉妬心を持っていたのですが、家族の座のセオリーとしてこれを学んだ時に、随分気持ちが楽になったことを思い出します。

基礎編では順を追ってこれらのセオリーをお伝えする講義の時間と、各テーマに沿った実践エクササイズ、催眠のガイドで無意識層に働きかけ、両親との和解のカギを見つけてゆくなど、盛りだくさんな内容です。

入門編では、その基礎コースのエッセンスを体験していただきます。

私を知る家族の座・入門編

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私を知る家族の座・基礎編には、以下4つのレッスンがあります。

1.子どもとしての私を知る
もし私が親よりも大きくなっているとしたら、私よりも小さくなっている親は尊厳を持つことができません。親は大きくて子どもは小さいという事実を尊重したら、そのとき私はくつろぎ、本当の意味で親から自立できるのです。

2.女・男としての私を知る
女として(男として)自信が持てないという人は、両親からの女性性・男性性をしっかり受け取っていないかもしれません。また、関係性の中にはいろんな投影が起きがちです。そこをしっかり見守ってゆくことで、また一歩「あるがままの私」に近づくことになります。

3.からだの症状と私
さまざまなからだの症状に気づきを向けることも、私を知るカギです。そこには多くの習慣性のパターンが影響しているからです。それは母親からのもの? あるいは父親からのものでしょうか? 私はなぜそのパターンを手放さないのか? このプロセスは特に私の魂が住む寺院であるからだに対する気づきを高めてくれます。

4.あるがままの私を知る
最後のプロセスでセルフ・インクワイアリー(自己探求)をしてゆきます。この技法は、コース終了後も続けて行ける大きな糧です。あるがままの私を直接体験する2日間は、受講者がかならずまた受けたいと言うコースです。単独でも開催していますので、興味のある方はお問い合わせください。

各レッスンの内容は画像クリックでページに飛べますが、全体像として読む場合は>>>からお入りください。

私を知る家族の座・基礎編
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<以下画像クリックで各ページに飛べます>

レッスン1(モジュール1・2)
子どもとしての私を知る

一度目のレッスンは、自分の原家族(両親)との関係性において、家族の座で言う秩序の一つ「親は与え、子どもは受け取る」を見つめてゆきます。言葉にすると、「親は大きくて、子どもは小さい」ということになりますが、「私が何とかしないと」「私ががんばらないと」とつぶやきながら、本来の自分よりも大きくなっている人は、(このセオリーにおいては)親よりも大きくなっているのです。そうなると、「あるがままの私」ではいることはむずかしくなります。

仮にあなたのお母さんが幼少期に彼女の母親を失くしていたとしたら、あなたは亡くなった祖母の代理をしていたかもしれません。意識上では母親がそれを求めたわけではない。でも無意識下で彼女は母親から与えられるはずの愛を十分に受け取っておらず、その渇望を子どもに向けることがあるのです。そして子どもは、その未熟な愛ゆえに与えようとする――それは重いことです。

では、あるがままの私にできることは何でしょう? それは、「子どもとしてできることだけをする」です。そのステージに向かうために4か月の基礎コースがあるのです。

レッスン2(モジュール3・4)
女・男としての私を知る

一人の女・男としての私は、自分の伴侶、恋人、同僚やチームの仲間と向き合ったときに、相手に何かを投影していることがあります。レッスン2ではお辞儀のワークというのを通して、さまざまな関係性に気づきを向けてゆきます。

大切な人との関係性において、「私たちがこう在ることの責任の半分は私にあります。残りの半分はあなたに託します。」と言えるでしょうか? あるいは、「悪いのは私」または「すべてはあなたのせいよ!」が本心なのか? 本当の出会いは、正直さから生まれます。

レッスン3(モジュール5・6)
からだの症状と私

慢性の腰痛や偏頭痛など、私にとって馴染みのあるからだの症状をしっかりと見つめた時、それが何かの代理をしてくれていることに気づくことがあります。その他、「社交の場で緊張する」「部屋の中が片付かない」など習慣性のふるまいに目を向けることもできます。たとえば、その症状がともだちの代理をしてくれていたことに気が付くと、私は自分自身が関係性から孤立していたことに気づけます。そうすると、ほんとうに望んでいることの方に向かって行けるのです。

さて、こういうふうに読むと大抵ふむふむと頷くと思いますが、実はこれはそんなに簡単なことではありません。第一にそれは馴染みがある関係性にさよならを言うことですし、そのために微かな罪悪感が働くこともあるからです。

このレッスンでは、あなたが誰か同じ症状を持つ人の代理をしているのか、あるいはその症状自体が、ある大切な人の代理をしているのかなどに目を向けて行くことになります。その症状を無理やり手放そうとすることではなく、そこに起きていた事実に目を向けることが、深い次元の理解をもたらすことになります。

レッスン4(モジュール7)
あるがままの私を知る

 ここまでのレッスンで私たちは、心の傷を見守ることや家族の中のダイナミックスを理解してきました。多かれ少なかれ、“本来の私”に触れてきた感覚があるでしょう。同時に、何かは終わっているけれど、まだまだ未処理の部分もあるように感じています。それらのすべてが自然なことです。そして、ここからの統合のプロセスには、十分な時間をかける必要があります。モジュール7では、これまでの振り返りにインクワイアリーという自己探求の技法を使って、体験的理解に入ってゆきます。

それは、「頭ではわかったけど、果たして何をすれば良いのか」という種のものではなく、「腑に落ちた」という体感――明らかに意識は肚にあり、足元がしっかりしている感覚です。この手法は日常的に活用して行けるので、長期的なサポートになります。「統合のワーク」というとき、グループワークの利点が大きく貢献します。指導者である私も含め、グループ参加者全員が、あるがままの私を知るためのプロセスを共に通り抜けてきた仲間です。お互いの中に信頼と愛のエネルギーが芽生えていることが感じられるでしょう。

私がこのコースをデザインした意図は、人びとの中に自主的に創出してくる力に委ねることが家族の座の主要な学びだからですが、そこにインクワイアリー技法を加えることで、各自はグループの一員でありながら、一人のユニークな存在として在るという立ち位置を見出すことになります。

直接お話になりたい方は、事前インタビューをお申込みください。

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