The 禅

雑念をどうこうするのは置いといて、呼吸を見つめること

呼吸を見つめることについて

毎朝1時間坐り続けて5ケ月目の朝に気づいたことがあります。今まで私は呼吸をアンカリングにして雑念と呼ぶマインドについて行かないことが要点だと思っていました。つまり呼吸はあくまでアンカリングだと。そしてもちろんそれは手助けになってきました。

ところが3か月過ぎた頃から、坐る姿勢がのように真っ直ぐの状態で、しかもどこにも緊張がないことに気が付き、これも慣れなんだなあと興味深く見つめていたのです。姿勢がキマると(しかも緊張がない姿勢なので)呼吸を見つめるのがだんだん楽になってゆきます。

ほぅ~。へぇ~。あはは。わぉ!

マインドについて行ってたことに気づいて戻るときも、スッと戻れるので、言わばこの姿勢そのものがキマるような下地をコツコツ作ってきたのかもしれません。だからときどきやってくる言葉も「ほぅ~」「へぇ~」「あはは」「わぉ!」だけで、マインドがそこから何かをくっつけようとする以前に呼吸に戻ってしまえるんですね。

そのうち、呼吸が深く入ると、その呼吸自体が上半身を持ち上げるかのようにしてますます上に上に伸びることに気が付きました。へえ~、こんなふうになるんだなあとますます興味が湧いたのです。そして、さらに見守っていると、呼吸が私の全存在を制覇しているというかーー制覇という言葉は正しくないかもしれないのですが、呼吸にゆだねていれば良いのだという信頼が湧いてきたのです。そして、それはつまりノーマインド(無心)にゆだねることなのだと、わかってきたのです。

“無心”にゆだねる

【雑念を払う】と【無心にゆだねる】ーーどちらに関心が向かいますか? 【払う】か【ゆだねる】かです。仏教で言う大乗派でもなければ小乗派でもない。

 【無心にゆだねる】は、限りなくシンプルな技法であり、日常に持って帰れるものです。ヴィパッサナー瞑想を5か月間続けて見い出したこの技法ーー段階を追って詳しく説明します。毎日1時間坐ることの恩恵は、だれにでも得られるものです。

1泊2日・サイレント瞑想

 

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