The 禅

仮に瞑想をサボったからといって、誰が誰を叱るの?

エゴの構造

私たちのエゴの構造ってかなり面白いです。

たとえば、昨日の朝、私は1時間坐らなかったーーなぜなら、遅く起きたから。そして10時から瞑想しに来る人がいたので、そのときにしっかり瞑想しようと思ったのです。それでもスーパーエゴ(内なる批評家)は言うわけです。

「ん? 毎朝1時間坐るって言ったよね? あとでやるからって誤魔化すのはどうかな?」

そんなことどうだって良いじゃないですか? それに、これ両方とも私のアタマの中で起きていることですから、厳密にはアタマの中でそういう声がするというだけのことで、吹けば飛ぶ霞(かすみ)みたいなもんです。実態なんてないに等しい。

文字通り「雑念」なわけで、そんなものにエネルギーを使わされるのって実に馬鹿げているし、注意深く見れば見るほど、ちょっと笑けてくると思いませんか?

フロイトに始まる心理セラピーの分野では、イド(本能)とスーパーエゴのやりとりをエゴが取り持とうとして右往左往するという構図を元に、そこに気づきを向けて、スーパーエゴの声から解放される働きかけをするのですが、ある種の堂々巡りをしてしまうこともしばしばです。

本質の構造を教えてくれるダイアモンドロゴス・ティーチングス

私がいま自分自身の内的成長のためのプロセスとしてエネルギーを傾けているダイアモンドロゴス・ティーチングスでは、本質に対する気づきを促しながら、その構造とエゴの構造を両方見てゆくので、とてもわかりやすいと同時に、今までまったく無意識に蓋をしてきた自分の習慣性のパターンの一つひとつが正しい時期に、無理なく自然に紐解かれて行くのが興味深いです。

共感するとか、寄り添うとか、そういうこととは全く次元の違ういやしが起きます。そして、私たちの本質が花開いて行くのです。2020年から新しいグループが形成されると聞いています。今から楽しみです。

 

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