The 禅

セラピストがいないところでセラピーが起きる

私がこれまで自分が参加者として通ってきた数々の瞑想グループの中で、「セルフ・セラピーが起きた」と言えるものがいくつかあります。

Who is in?瞑想インテンシブがその一つです。

初期の頃は「エンライトメント・インテンシブ」と呼ばれていたその瞑想は、スピリチュアルマスターOshoに会いに来た訪問者はかならず受けた瞑想だと聞いています。後にWho is in?というふうに呼び名が変わったのですが、これまでプライマルからエンカウンターからゲシュタルトセラピー、ヒプノシス、家族セラピー、数種のボディーワークなど、さまざまなワークを経験してきた私が、ファシリテーターになるくらい価値を置いている瞑想リトリートがこれです。

来月久々に開催することもあり、ここに紹介しておきます。

このプロセスは禅の公案を用います。インテンシブに自分の内側にインクワイアリー(問いかけ)を向けてゆくので、ある種のセラピー的作用をもたらします。それは今まで知らなかった自分自身とふたたび出会って行く感覚なのです。そこに心理的ないやしが起きます。

セラピストがいないところでセラピーが起きる

どんなプロセスでも、自分一人の力で気づけるというのは大きいです。もちろん探求を共にする仲間がいるとしても、自分自身にコミットするということの中に多くのエッセンスが含まれます。

自分への信頼、自分への愛、そして、自分にコミットすると言うのは勇気のいることでもあります。それができたとき、あなたは心から自分自身に感謝するでしょう。

一緒に探求する仲間(他の参加者)は、公案エクササイズをやるときにお互いのアンカーとして「ただ相手の話に耳を傾ける」ということをしますが、それ以外の時間は一人きりのサイレンスの中にトータルに入れます。

時計も持ちません。鏡も見ません。ファシリテーターがつねに見守っていて、ベルで合図をしながら、はい、食事の時間です。はい、お風呂の時間です。といったふうにガイドをしてくれるので、その自由さ加減も格別な体験だというふうに参加者のほとんどがコメントします。これまでの日常の中でどれほど制約を受け、時間に追われ、自由が感じられていないかということでもありますね。

ほんとうの自分を知るーーそれは、あなた自身の権利であり、責任であり、自分への愛なのです。

 

 

 

 

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