The 禅

言語の力とその誤用について

 

クリーン・ランゲージという技法を習得して5~6年になります。以前からヒプノシスとNLPの領域で言語のパワー(影響力)については学習した分、意識的でいたと思いますが、もし私が瞑想家でなかったら、ここまで繊細に言葉を使っていたかどうか自信はないです。

言い換えると、世の中の人びとが言葉を意識的に使っているかと問うたときに、すぐさまノーと言う答えが返ってくるのではないかと。

そして、外の世界は言葉の乱用・誤用の世界で、もっと言うと、不摂生でだらしなく貧相か、あるいはプラスチックな偽造品の装飾だらけーー私の場合は、定期的に全くの沈黙に入るということをしてやっと、まともな意識を保っていられるほどーー言葉の影響は実にパワフルです。

マインド・コントロールなんて日常茶飯事、コマーシャルも、ポリティックスも、ソーシャルネットワーキングも、セラピーも、スピリチュアルも、カタカナにした途端に(本当のところは)なんのこっちゃさっぱりわからなくても、なんとなくクールだから使っちゃうみたいなことになっていて、思考停止どころかゴミまき散らし放題になっているのではないかと。

マインドは指さされた方向に向かいます。上手に使えばこれほど有効なものはない。ですが、無自覚に使うと、これほど危険なものもない。無自覚でいること自体、誤用なのだと言っても過言じゃないと思うのです。

言葉がどんな作用をもたらすかはちょっと注意を向ければだれにでもわかることーーたとえば、「おいしい桃の選び方」なんてことを書かれると、ついその情報をチェックしてしまいますが、シーズンに市場に並んでいる桃なら大抵おいしいんです。新鮮でジューシーな野菜や果物は生きているので、香りでわかります。

 

普段使っている言葉にもっと意識的でいるーー気づきの質を高める瞑想はそのための良いサポートになります。これは言わば、縦軸を支える柱で、その柱は低次から高次に向かう意識の柱です。

クリーン・ランゲージという技法は、通常の私たちの思考方法に軽いシフトを起こす「クリーンな問い」というのを用いるところが斬新です。もう一つの本質的な要素として、体感レベルで知覚させるところが面白い。

ボディーワーカーのためのクリーン・ランゲージ」という2日間のコースは、身体知を尊重することと、言葉の作用、そしてメタファーの力を体験的に理解させます。